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2007-04-01
大切な恩師
今日はいつも私たちのことを
やさしく、きびしく育ててくれる
お父さんのような、お兄ちゃんのような、
大切な先生のお誕生日です
お誕生日、おめでとうございます
本当は、ジャスミンの壮行会をした時から、
いろんなサプライズプレゼントを企画していたのに、
間に合わなくなってしまって、本当に残念です。
もっともっと先生に喜んでもらえるはずだったのに・・・
すみません。
ですが、会えなくても、形に見えるものを届けられなくても、
こうして先生にみんなでメッセージを送ることで、
先生の心に素敵な花を咲かせられたら
と思います(^_^)
いつも、私たちのことを本当に大切に想って、
叱るのだって、本当はつらいはずなのに、
厳しく、やさしい指導をしてくださって
ありがとうございます。
先生のおかげで、ちょっと強くなることができました

先生が成長するチャンスをたくさん与えてくださったおかげです。
これからも、先生をがっかりさせないように
いろんなことにチャレンジして
お勉強も頑張ります!

笑
どうぞ、よろしくお願いします☆
2007-02-19
勇気
最近、人を信じる勇気をもてるようになりました。
もてるようになったというか、
信じられる仲間に出会えたのかな。
もちろん高校時代の部活仲間のことも信じていました。
でも、そこに至るまでたくさんの人が辞めていって、
いつかはひとりぼっちになってしまうんじゃないかと
いつもびくびくしていました。
だから人になにかを求めるのを恐がるようになって、
さらに周りが見えなくなって、
そのせいでひと夏の合宿を棒に振ったこともありました。
その失敗から、仲間を信じることの大切さを知ったけど、
大学に入ってもう一度、人を信じることが恐くなりました。
何度も、またひとりぼっちになるかもしれない、
むしろ私はいないほうがいいのかもしれないと思いました。
だけど、最近、仲間を信じることができるようになったと思います。
なぜそう思えたのかわからないけど、
仲間の笑顔がいきいきとしているのを見ると安心します。
この関係は、きっといつまでも変わらない絆になると
少しずつ信じることができました。
そう、そんな風に順調だったはずなのに、
今朝、私は後輩のマネージャーがやめてしまう夢を見ました。
涙を流しながら目が覚めました。
これはトラウマというんでしょうか。
私は社会に出ても、同じ不安を払拭できないまま、
人を信じることに恐怖を感じ続けるんでしょうか。
誰か、私のこころを治してください。
2007-02-11
愛
いつもの顔で駅まで迎えにきて、待っていてくれたね
駆け寄るけれど顔が見れないよ
涙をがまんするのでもう精一杯だった
『今日はスーツだけど、セミナーだったの?』
『うん 5時半から』
『えっ 』
『いいの!?どこで??間に合うんじゃない!?』
『いい 別に 今行っても 頭に入らない 判断できない』
『選考直結とかじゃないの!?』
『うん 平気 いい』
自分でもバカだと思った
でも十歩歩けば三度泣くような状態で行っても逆に迷惑をかけるだろうと思った
仕方がなかった
精神的に弱い私がいけないのだ
私うずくまって泣いた
でも
『話をしなくちゃ』と切り出した
理由は5つもあった
どこかで聞いたことのあるような話ばかりだった
自分の夢を叶えるためにほかのものを手放す
二足の草鞋を履けなかった私にも痛いほどわかる気持ち
しかしひとつだけ驚いたことがあった
『部活でのゆかの努力をもっと評価したいし、まわりにも評価させたい。付き合っていては説得力にかける。だから・・・』
自分の評価を口にされることなんて私は望んでいなかった
なぜなら実権は握っている自信があった
私の努力を否定する仲間や
私の言うことを聞かない後輩なんてそうそういない
だから皆が私を信頼していることはわかっていたからだ
たくさんの理由を聞き、
『それでどうしたいの?』
ときいた
自分もソフトにかけた6年間、いろんなものを犠牲にした
生徒会長に立候補しないかと先生に声をかけられても
ソフトのことを考えたらお前には無理だと監督に止められた
私も後悔したくなかったし、自分の力を100%ソフトに注ぎたかったので断念した
塾にも通えなかった
バイトもしなかった
恋愛もしなかった
髪を伸ばすことさえできなかった
それでも後悔していない
最高の勲章と最高の仲間を得たから
『だから、あなたがなにを考えているか十分わかるよ
でも、その言葉を私に言わせちゃいけない
あなたが言わなくちゃいけないのよ』
そういうと言葉が冷たいものに変わって
彼のほほを伝っていった
前に私は言った
『自分に資格も権利もなかったとしても
どうしても手に入れたいと求めるものがあってもいいと思う。』
それが人を強くすると思う
今思うと、それが夢っていうのかもしれない
そう言って、
『あなたのしあわせに私は必要ない?』
と聞くと
彼は何度も首を振って顔をうずめた
私達の下した結論は明確な言葉では表されなかった
理屈じゃないよ
どうにもならない心がそこにあった
2007-02-09
それでもやっぱり
電話に出た私は化粧室に駆け込んだ
いつどうなってしまうかわからなくて
とにかく駆け込んだ
どうして電話してきたの?
やっぱり好きでいてくれるんだよね
じゃぁどうして会ってくれないの
私にはわからなかった
でも
会いたいと言ってはいけないんだよね
だってあなたには
考えなければいけないことがあるんだから
化粧室を出て通りに出ると
スーツで涙を流す女子学生の姿に
数え切れないほどの視線が集まる
無言のまま切れない電話を手に
路地にたたずむ
どこにいたってうずくまっていては
視線が集まる
立ち上がらなくちゃ
『大丈夫』
と言っても、震える声が君を困らせてしまったね
そして私はそのまま君のところに飛んでいった
わがままを聞いてくれたことが
うれしいのと信じられないのと
こんなことをしていいのかわからないのと
それでもやっぱり
2007-02-08
愛してるけど、愛してるから。
突然メールの返事が返ってこなくなるから
すごくすごく不安だった
ニュースが渋谷のマンションで暴力団が発砲したなんていうから、
バカな私は巻き込まれたのかもなんて考えた
でも一晩中メールも電話も帰ってこなくて、
ほんの8時間前まで一緒にいたのに、
涙が止まらなかった
携帯を放り投げた
でもやっぱり鳴るんじゃないかって思うと
手放せなくて、
ニットのポッケにいれてみる
どうしようもないくらいさみしくて悲しくて
愛する人を悲しませたことが悲しくて
どうしていいのかわからなくて
ふとんをかぶって泣いてみた
そしたら、
『好きだから考えなくちゃいけないことがあるんだ』
って
やっぱりいけなかったんだと思った
それならば、審判のときを待つしかない
こっちをみてなんて袖を引っ張る権利はないと思った
だから、ゆっくり考えてと伝えたよ
悲しませてごめんねと
でもほんとはそんな冷静になんてなれなかった
『ちょっとひとりにして』
走り書きしたメモをドアに張って
私はしばらくふとんから出ることができなかった
かたいものなんてたべれない
のみものもいらない
だれにもあえない
こんなくるしい
こんなくるしいのに
どうして なにをすればいいか
かんがえられないんだろう
とにかく新しい私を見てもらおう
私が変わろうとしていることをわかってもらおう
しばらくほっておきすぎたし
バカな私は急いで美容院になんか電話して
担当さんのお休みって言われただけで言葉がでなくて
あふれ出しそうなアツいものをおさえて
誰でもいいと言って山手線に飛び乗った
丁寧なハサミに
ほ・・・とため息がでた
私のことをこんな形で思ってくれているひともいる
そう思ったら、彼は私のことを今どんなふうに思ってるんだろうってまた考えた
ついこの間、空を見上げて
今日は空が白い なんだこれ
って話をした
それからは、空を見ればあなたが隣にいる気がして
とてもとてもうれしかった
なのにそれが皮肉のように私を悲しませた
地下にいたって、一緒に聞いた曲が流れれば
涙がほほを伝っていった
ねぇどうしたらいいのかな
とにかく事務連絡があったから
それはそれで早く済ませて
考える邪魔をしちゃいけないと
メールを送った
ら、電話
声を聞いたら
どうしようもないよ
体が言うことを聞かなくて
ここが人通りの多い道路なんて気にしていられない
声が声にならなかった
2007-01-29
マシンガンをぶっ放せ
って歌あるでしょう?
日本じゃそんな想像つかないけど
スイスは3人に1人が銃を持っているんだって
雑誌に書いてあった
それは永世中立国だからこそ
誰も助けてはくれないから
自分の身は自分で守らなくてはいけない
だからみんな銃を持つんだって
『こんなに凶悪犯罪が増えている日本だって
もう、自分の身は自分で守らなければならない
だから、銃規制を緩和する法律を作ろうという流れが
今、起きてもおかしくないんだ』
って書いてあった
そんなの恐い
私は生きていけない
だからと言って
なにも悪いことをしていないのに
無秩序の支配によって殺されるのもいや
人間ってこわい
って思ってしまった
哀しいね
over
彼の車で『over』を聴いた
偶然じゃない、私が選んだのだから
一日ずっと一緒にいたかった
でも最近は忙しくてそんなわけにもいかない
一緒にいるのに、一緒にいないような
心をおうちにおいてきてしまったような
哀しみがぬぐいされなくて
私はなぜかその曲を選んでしまった
この詞にあるような言葉を
もし自分の口から言ったなら
なんとなく私達の関係もそうなってしまうような気がした
私は言霊を信じているから
だから曲にのせて代わりに歌ってほしかった
でも
自分の口からこぼれた言葉じゃないのに、
涙が出そうになった
どうして?
寂しいなら言えばいい?
そんなこと言ってどうなるの?
無理だって事はわかっているのに?
困らせて自己嫌悪することはわかっている
だから私は哀しいと言えない
その分、代わりに涙がこぼれてくれるの
でも
私の今年の目標は
人前で泣かないこと
人に伝えたい哀しみは言葉にするって決めたから
だから伝えたくない哀しみは
絶対に伝えないって決めたんだ
自分が自分を理解してあげれば
いくらか哀しみはおさまるはず
それでも溢れてしまったら
その時は
over?
2007-01-20
ほんの一年前
『こんな悩みふっきれたらどんなにいいだろう
自分の心なんていくらでも
操作できると思ってた
でも最近いうこときかないんだ これが
自分なんかひとりだってふっきれたら
どんなにか楽だろう
私は強い でもそれは一度腹をくくればの話
期待なんかしなければ
幻滅することもないし
もやもやしたりもしない
いつか一人になるんだって心構えが出来ていれば
でもそしたら私は他人にやさしくなんかできなくなるよ
人のために
こうしてあげよう ああしてあげよう と思うのは
人と人とのつながりができるのがうれしいから。
人に頼りにされることも、ありがとうっていってもらうことも
自分がひとりじゃないって証明したい証拠じゃない
昔の私はドライだったな
なんでそんなくだらないことで笑えるんだってあきれてた
でも仲間が私を一生懸命受け入れてくれたから
私も変わることが出来たよ
なのに今の私はドライになりたいなんて思ってる
よくわかんないよね
今の私は弱い ふっきれないから
ちいさい
強くなりたい
でもこのままじゃ無理なんだろう
なにか確かなものを
夢を手に入れたい
夢ってなんだ 』
一年前を振り返ってみたら、
こんな日記が出てきた。
人とのつながりに生きがいをみつけた私は
ドライになることに反発するようにして、
今やこんなに情緒的になったんだろうと思う
人は、何かに向かい合えば
必ず何かに背を向けているんだと
私は思う
2007-01-17
あふれてくるもの
溢れてくる瞬間にしか得られないものがある。
この感情とその言葉はすぐに消えてしまうから、
またこんなところにとりとめもなく書いてしまう。
:::::::::::::::::::::::::::::::
「もし男だったら、どうなっていたかな?」
そんな話をしたとき、
「私は男の子だったらたぶんめちゃめちゃ大人しいよ」
と応えた。
「それは絶対ない」といわれたけれど、根拠はあった。
兄が二人の後に生まれた女だからこそ、
家庭内で特別視されていた。
得したことも、損したこともあった。
同じことをすれば年の離れた兄には何やっても勝てないので
その中で負けじと個性を発揮してきた。
特別視されていたからこそ、特別視されるだけの価値をもっている人間でありたいという意地があった。
だから一人で絵を描くのが好きだったんだと思う。
運動したってゲームをしたって兄には勝てなかったから。
兄達がまぜてくれるのは嬉しかったけれど、
兄達のいないのフィールドで自慢できるものが欲しかった。
もし男に生まれていたら、三男。
きっと同じ土俵で何をやっても勝てないことを自分も周りも当たり前に感じ、
自分の価値を上げるための意地なんかもたなかっただろう。
そして、兄の姿を見ながら、自分もこうなっていくんだろうと観察しながら、兄と同じように人生をすすめていったのだろう。
私はそういう性格だから。
だから、男だったら今では大好きのソフトも野球もやってない。
お兄ちゃんの真似をしてラグビーやって、真似してドラム叩いて、真似してブルーハーツを聴いて、真似してゴーマニズム宣言を読んでいたんだろうと思う。
じゃぁ、なんで私は自分の価値を上げるための意地を通す手段として、ソフトを選び、学級委員ポジションを選び、河合と早稲田塾の並行を選び、慶應を選び、軟式野球倶楽部を選び、樫尾ゼミを選んだのか。
考えてみたら、ゼロから自分で選んだものはなにもなかった。
ソフトだって彩ちゃんが誘ってくれたから。
学級委員も、かっちゃんが誘ってくれたから。
河合と早稲田塾は母が勧めたのがきっかけで、
行ってみたら楽しかったから。
慶應は私学最難関と書いてあったから。
軟式野球倶楽部は、すれ違いざまに先輩からチラシをもらうか戸惑っていたときに、ゆきちゃんが「ゆか興味あるんじゃないの!?」って呼び止めてくれたから。
樫尾ゼミは、先輩がいろいろ話してくれて、いいなと思ったから。
ゼロから自分で情報を探しにでて、みつけてきたものなんて、私の今までの人生に何もない気がした。
でも、私はそれをちっぽけだとか、空しいなんて思うことはない。
だって、ひとつだけ自分でゼロから手にしたものがある。
それは、私とその手段を引き合わせてくれた人。
友人、先輩、親、まわりの人みんな。
「この人について行って、間違いはない」と
無意識のうちに私が本能的に判断し、信頼をよせた人。
それは、たったひとつ誇れる、私自身が得た財産。
::::::::::::::::::::::::::::
一年かそれ以上前、
「ゆかは一を知って十を知る力が欠けてるよね」
そういってくれた友人。
あぁ、確かにそうだと自分の弱点を知り、
論理的思考と推察力を気にかけて、
ゼミでのコミュニケーションにも力を入れてきた。
むしろそれしか考えてこなかったと思う。
「話のわかんねぇヤツだなぁ」なんて見放されたくなかった。
私を育ててくれる人に期待をして欲しかったから。
だから、「一を知って十を知る力」は「十」までいかなくとも
少しは向上したと思う。
でも、「十を知るための一」を自ら選び、どこからか探し出してくる力はやっぱり私は持ち合わせていないと思う。
いろんな気付きを得るとき、
私はいつも人からの刺激や影響を受けている。
人から刺激を受けているときに、
いろんな気付きを得られるといったほうが正しいかもしれない。
その影響を与えてくれる人を
私は本能的に判断しているんだと思う。
そして、その人に特別視されるだけの価値をもつ人間でありたい、
私を育ててくれる人に期待して欲しい、
という意地や欲望を満たすためなら、私は無我夢中で努力ができるんだと思う。
そんなことを考えながら、
今まで書いてきたブログに対して、突然先生に「ありがとう」と言ってもらえたとき、
無我夢中で努力したのは間違いじゃなかったんだと初めて信じることが出来た。
今やっと、
三年前にもらった恩師からの手紙に書いてあった言葉の意味が
自分の経験に基づいて構造的に理解をすることができた。
「その精神力の強さはどこから来ているのかなと疑問に思うこともありましたが、それはきっとみんなからの期待や愛情に応えたいという気持ちから来ているのかなと今では思います。
となると、伊藤の状態は周りの環境によって大きく左右されるわけで、よき仲間、そしてよきパートナーを見つけることが伊藤のこれからの人生の成功の鍵を握っているのかなと思います。」
「ここで、一番大切なことは、自分が幸せかどうかです。」
そっか、私これからもそうやって生きていけばいいんだ。
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そんなことを漠然と考えながら卒論発表をして一日を過ごしたら、
「10月2日が卒論草稿の提出日」といわれても、
自分の誕生日だとすぐに気がつくことができなかった。
どうやら頭がPUMPしてたらしい。
もう一つの自分が大切にしてきた日も忘れてしまっていた。
日の経過を忘れたことはすごく悲しい気持ちになった。
それくらいあふれてくるものを受け止めるのが困難だったということだろうか。
自分が現場を歩いて生きているんだから、
自分もプロセスを大切にしてあげなきゃとまた言い聞かせて、
今日を大切に生きよう。
2006-12-27
恋人は
「恋人は人生の現場を共に歩く人」
そして
「現場はプロセス 世間は結果」
私が今のところ導いた信念
***********
題名を見て
「恋人はサンタク○ース♪」
を想像した人、ごめんなさい。
昨日一昨日と日記を書く人の少なさに
なんとも言えぬ空気を感じましたが
もっと書きたいことがあるのでそれを書きます。
***********
今日、「プラダを着た〜」を見てきました。
興味もない仕事を、夢のためのステップとして一生懸命する彼女。
どうしても認められず、受け入れてもらうために
上司の好むファッションで身を飾り、
仕事にみるみる傾倒していく。
上司は主人公に無理難題を押し付け、
その結果次第で人のクビを切る。
そして上司の命令どおりに仕事をこなし次の指示を待つ女性達のなかで、
指示を適確にこなし、要求以上の仕事を言われる前に成し遂げる彼女が輝く。
その力を上司は評価する。
一方、恋人はそんな彼女の愚痴を聞く。
彼が耳にするのは仕事の結果ではない。
結果しか期待しない上司に見てもらうことの出来ないところ、
つまりそれにいたるプロセスに耳を傾ける。
それが彼女が彼に求めることだからである。
結果に表れない信念、プライド、疑問、努力、悔しさ、悲しみ・・・もろもろ、すべて。
恋人に世間的意見を求める人間がいるとすれば、
それは現実的評価を言ってくれる仲間がいないのか、
もしくはよっぽどのドMじゃないか、と思う。
形だけの慰めや同情の言葉をかけてくれる仲間しかいないのかもしれない。
現実をつきつけることは容易なことではないことが多い。
しかしその苦しみを飲み込んで伝えてくれる仲間が
人を育てることができるのかもしれないと思うことがある。
評価される喜びを覚え、
彼女はますます仕事にのめりこむ。
そして恋人の誕生日、彼女は仕事でパーティにいけず、
深夜帰宅して、恋人に一本のろうそくのたったケーキを手に謝る。
そして彼は話を聞かずに寝てしまう。
ここで、『やっぱり記念日は大切にしなくちゃいけないよね』と安易な教訓を立てて欲しくない。
これを機に二人の関係がギクシャクするのは確かだ。
しかし、別れを告げる口論で、彼女が
「最近夜遅いのが続いたことや、お誕生日のことはごめんなさい。」(台詞は違うかも。)
という謝罪をする時、彼はこう返す。
「俺はガキか。」
「君が自分の仕事に信念をもってやっているならば、たとえ君がストリッパーだとしても俺は君を愛す」と。
そう、「この日」「この瞬間」というのが
全くもって無意味な基準だとは言わない。
大切なときだってある。
でも、それを重要視するのは仕事をもたない子どもの発想だといっているのではないかと私は思った。
恋人の誕生日は二人の仲では大切。
でも、社会がそれを認識しているかといえば、していない。
周りには考慮されないことだから、どうにもならないことだってある。
だから、「その瞬間」に一緒にいるという“結果”が伴わなくとも、
いつもの日常で恋人を大切にしている“プロセス”を彼・彼女は見てあげなければいけないのではないだろうか。
恋人は二人、恋愛という現場にいるのに、
結果で相手を計ってはいけないのではないかと思うのだ。
***********
「恋人は人生の現場を共に歩く人」
そして
「現場はプロセス 世間は結果」
くどくど書いてきたけど、
シンプルなこと。
私が今のところ導いた信念