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    <title>Livin’ On A Prayer #2</title>
    <link>http://my.spinavi.net/numinous/</link>
    <description></description>
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      <title>Livin’ On A Prayer #2</title>
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    <item>
 <title><![CDATA[JATP第8回学術大会]]></title>
 <link>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=228</link>
<description><![CDATA[きたる11月10日、11日の2日間。日本大学において、JATP（日本トランスパーソナル心理学/精神医学会）の学術大会が開催される。<br />
<br />
情報源は以下の通り。随時更新される。<br />
<br />
<a href="http://wwwsoc.nii.ac.jp/jatp/taikai08anounce.html">JATP</a><br />]]></description>
 <category>学会のお知らせ</category>
<comments>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=228</comments>
 <pubDate>Wed, 26 Sep 2007 11:56:46 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[無為]]></title>
 <link>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=227</link>
<description><![CDATA[すっかり、ブログもご無沙汰してしまった。<br />
<br />
思い返せば、春以降、自分はこれといった事をしていない。最低限の仕事をこなし、キャパを超える仕事をすべて断って過ごしてきた。<br />
<br />
これといったことをしないで過ごすのも、これまでやることが多すぎた反動かもしれない。<br />
<br />
何かを為すことによって味わえる達成感、充実感もあったが、むしろ深く沈潜し、時間を無為にやり過ごす「とき」が今なのかもしれない。<br />
<br />
自分は何かをすること、持つことによって、自分を保つ事をもうやめた。<br />
<br />
かといって、何もしないでいて、すべてのことが自然にスムーズに為されるという状態を理想としているものの、まだまだその境地には到達できていない。<br />
<br />
ボチボチ動いていこうとは思っているが、あれやこれや活動の選択肢を広げる気は今のところない。<br />
<br />
何が今一番必要なことなのか、生活上の必要十分条件だけをやりこなし、さほど重要ではないことを切り捨てて臨んでいこうと思う。<br />
<br />
脱同一化がどこまで進んでいくのかは分からないが、一枚ずつ自分の皮を剥いでいくとしよう。<br />]]></description>
 <category>雑事雑感</category>
<comments>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=227</comments>
 <pubDate>Wed, 26 Sep 2007 11:44:46 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[日本社会心理学会第51回公開シンポジウム（第2報）]]></title>
 <link>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=226</link>
<description><![CDATA[いよいよ来週に迫ってきたので、当日の概要を披露しておきたい。ふるって多数のご参加をお待ちしている。<br />
<br />
日本社会心理学会2007年度第51回公開シンポジウム<br />
<br />
会期：2007年6月2日（土）午後1時30分〜4時30分<br />
<br />
会場：愛媛大学教育学部大講義室<br />
<br />
テーマ:『スピリチュアリティ研究の最前線』<br />
<br />
概要：現代に生きる人々には、生きる意味や人生の目的を見失い、自ら命を絶ったり、他者の生命を脅かすような行動に出る人も少なくはない。先行きの不透明な社会、明るい展望の見えない生活、崩壊した家族、希薄化した人間関係、人々の心は一体どこまですさんでしまうのだろうか。<br />
<br />
　学校教育の現場に「心の教育」という言葉が登場するようになって久しい。が、その多くは子どもの対人関係能力や道徳性の発達に主眼を置いたものになっている。しかし、企画者は、それにとどまらず＜スピリチュアリティ＞を中核に据えた心の発達を支援するアプローチがあってもよいと考えている。それはゆりかごから墓場まで、一生涯をかけて進んでいくものでもある。<br />
<br />
　＜スピリチュアリティ＞という言葉は、宗教意識に取って代わって、最近、医療（看護）、心理臨床、社会福祉、教育などの対人援助領域においてよく使われるようになってきた概念である。簡単に言えば、「目には見えない大いなる存在とのつながり」があることに気づき、神秘体験や感動体験、深い心の平安を経験して、人生に意味と目的を見いだせるようになる状態をさしている。たとえば、大自然とふれあって、その美しさに感動したり、その脅威を目の当たりにして畏怖の念を覚えること。また、絵画や音楽に心を打たれることや、日常生活の些細な出来事にさえ「魂が揺さぶられる」ように感じられることも＜スピリチュアリティ＞体験の一種である。<br />
<br />
　要するに、＜スピリチュアリティ＞とは、特定の宗教組織、教義、教祖とは関係なく、すべての人間に普遍的に存在する心性である。それは、経験や実践を通して感得される感性に基づいている。<br />
<br />
　本学会主催の公開シンポジウムでは、スピリチュアリティ（霊性、宗教意識）の理論と実践、研究アプローチについて、多様な領域で活躍されている先生方にその現場や研究の最前線のお話しを賜り、社会-文化的な現象を説明するための領域横断的なキーワードとして＜スピリチュアリティ＞という言葉が持っている可能性と、その社会的意義について突っ込んだ討論ができればと考えている。<br />
<br />
<br />
企画者：中村雅彦（愛媛大学）<br />
<br />
司会：中村雅彦（愛媛大学：心理学）<br />
<br />
話題提供者（発表順）<br />
<br />
１．樫尾直樹（慶應義塾大学）「なぜ今スピリチュアリティなのか？―宗教学の最前線」<br />
<br />
　本報告では、宗教研究におけるスピリチュアリティ研究の最前線について言及することを通して、なぜ今スピリチュアリティなのかについて論じたい。スピリチュアリティとその研究の価値について議論するということはとりもなおさず、スピリチュアリティ概念の終焉について語ることになる。具体的には、<br />
<br />
１　なぜ今スピリチュアリティなのか？―スピリチュアリティ現象とスピリチュアリティ研究の広がり、２　宗教研究におけるスピリチュアリティとスピリチュアリティ研究の位置、３　教団、ニューエイジ（現代宗教）から大衆文化／職場／ネットへ、４　生活の中で醸成されるスピリチュアリティ―スピリチュアリティの終焉に向けて、という内容になる予定である。<br />
<br />
２．大下大圓（高野山大学）　「スピリチュアルケアと臨床教育」<br />
<br />
ＷＨＯ（世界保健機構）では憲章の健康定義修正変更を1998/6月の理事会で採択した。「病気や疾病の不在のみならず、身体的、精神的、社会的、およびスピリチュアル的に健康な力動的状態」とするこの内容は現代社会の課題に心理的ケアだけでは不十分で、人の深いレベルに基点をおいた関りが必要であることを意味する。このスピリチュアリティやスピリチュアルの邦訳には「霊的、たましい的、心性的、実存的、宗教的」などがあり、リポートには「人生の意味」と捉えることも説明がある。現在欧米での実際的な臨床ケアには、パストラル・ケア、宗教的ケア、そしてスピリチュアルケアがある。これら３種類のケアは通常ほぼ同じものとみられているが、それぞれ特徴がある。それらを概観しながら、日本の精神文化としてのスピリチュアリティを、日本の基層思想や仏教的祈り、マンダラ思想をもとに再評価してみたい。<br />
<br />
３．弓山達也（大正大学）「スピリチュアル教育の可能性」<br />
　<br />
　本発表の目的は、特定の宗教伝統や教団と結びつかない宗教性を教育現場で伝えるスピリチュアル教育に関して、その背景となる議論と可能性を明確にするものである。昨年末の教育基本法の改正で、第二条に教育の目標の一つとして生命尊重が新たに明記され、そのプロセスで宗教教育や宗教的情操をめぐる論争が巻き起こったが、公教育に宗教を持ち込まない原則が貫かれた。文科省は2005・06年度に道徳教育推進事業として「命を大切にする心をはぐくむ教育の推進に関する研究」をモデル校で実施し、そこでは宗教抜きのいのちの教育の模索されている。しかし神道が示す生命観や仏教の死生観を捨象して、いのちの教育は難しい。スピリチュアル教育は、特定の宗教と一定切り離されているという意味で、今後注目を集めると考えられる。発表では、モデル校の状況やいのち教育の議論を踏まえながら、スピリチュアル教育の可能性について述べていきたい。<br />
<br />
指定討論者<br />
<br />
大坊郁夫（大阪大学）<br />
<br />]]></description>
 <category>学会のお知らせ</category>
<comments>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=226</comments>
 <pubDate>Sat, 26 May 2007 01:07:28 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[日本社会心理学会　第51回　公開シンポジウム]]></title>
 <link>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=225</link>
<description><![CDATA[期日も迫ってきたので、公開シンポのご案内を、この場を借りてしておく。最近は、このイベントの準備に追われている次第。。。大勢の人々の来場を心よりお待ちしている。<br />
<br />
日本社会心理学会　第51回　公開シンポジウム<br />
<br />
場所：愛媛大学教育学部大講義室<br />
<br />
日時：2007年6月2日（土）13:30〜16:30<br />
<br />
テーマ：スピリチュアリティ研究の最前線<br />
<br />
＜大会プログラム＞<br />
<br />
企画者・司会：中村雅彦（愛媛大学）　　　<br />
<br />
13:30〜導入： 「社会現象としてのスピリチュアリティ」<br />
　　　　　　　　　　　　中村雅彦（愛媛大学）<br />
<br />
13:40〜話題1：「なぜ今スピリチュアリティなのか？−宗教学の最前線」<br />
　　　　　　　　　　話題提供者：樫尾直樹（慶應義塾大学）<br />
<br />
14:20〜話題2：「スピリチュアルケアと臨床教育」<br />
　　　　　　　　　　話題提供者：大下大圓（高野山大学）<br />
<br />
15:00〜　　　　休憩（10分）<br />
<br />
15:10〜話題3：「スピリチュアル教育の可能性」<br />
　　　　　　　　　　話題提供者：弓山達也（大正大学）<br />
<br />
15:50〜　　　　討論<br />
　　　　　　　　　　指定討論者：大坊郁夫（大阪大学）<br />
<br />
16:20〜　　　　質疑応答<br />
<br />
16:30〜　　　　終了<br />
<br />
＜参加費＞　　無料　　※非会員・一般の方の参加も歓迎します。<br />
<br />
＜参加申込方法＞　　事前申込不要　　当日会場にて受付します。<br />
<br />
【日本社会心理学会　第51回公開シンポジウム事務局】<br />]]></description>
 <category>学会のお知らせ</category>
<comments>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=225</comments>
 <pubDate>Fri, 4 May 2007 22:42:26 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[21世紀の祓い、遂に刊行さる]]></title>
 <link>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=224</link>
<description><![CDATA[本日、アルテより拙著『21世紀の祓いー禁断の日本的霊性を読み解く』が刊行された。アマゾンなどネット上の書籍通販でも購入可能になっている。見本は先週月曜日にできており、都内の大型書店にはすでに出回っていたようだが、取次に搬入されて全国に向けて販売されるのは本日からである。<br />
<br />
ネット上で販売されているサイトには以下のような所がある。<br />
<br />
<br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E7%A5%93%E3%81%84%E2%80%95%E7%A6%81%E6%96%AD%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%9A%84%E9%9C%8A%E6%80%A7%E3%82%92%E8%AA%AD%E3%81%BF%E8%A7%A3%E3%81%8F-%E4%B8%AD%E6%9D%91-%E9%9B%85%E5%BD%A6/dp/4434103415/ref=pd_bbs_sr_1/503-0219351-6708749?ie=UTF8&amp;s=books&amp;qid=1175558809&amp;sr=8-1">Amazon.co.jp</a><br />
<br />
<a href="http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31869015">セブンアンドワイ</a><br />
<br />
<a href="http://books.livedoor.com/item_detail&amp;category_index=13&amp;isbn=4434103415.html">ライブドア　ブックス</a><br />
<br />
<a href="http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031869015&amp;Action_id=121&amp;Sza_id=GG&amp;Rec_id=1008&amp;Rec_lg=100813">e-hon 本</a><br />
<br />
これで、昨年からの念願だったスピ本出版企画はすべて実現した。<br />
<br />
先日紹介した「スピリチュアリティの心理学」は、これを心理学という学問的な枠組みの中で、ある意味オーソドックスなアプローチから取り組んできた成果をまとめたわけだが、『21世紀の祓い』は、そのような枠も意識せずに、フリースタイルで自分の呪術的実践と四国の伝統霊性（サイキック・ワールドがもちろんそのコアにある）をベースに書き綴っているわけで、まったくもって「型にはまらない」本に仕上がっている。<br />
<br />
ジャンル的には精神世界本に分類されているようだが、それは私の意にかなうものである。我が国における精神世界＝『新霊性文化』の中に位置づけられることを最初から意図して私は「自分の目線」でこれを書き下ろした。だから、本書は、外部観察者としての視点よりも、実践者としての視点で書いているところが特徴である。それがまた妙なリアリティを醸して出しているように思う。<br />
<br />
よく考えてみれば、私はこの文化的潮流の中に生きているわけでもあり、呪術的な伝統を受け継ぎつつも、必ずしも伝統霊性の形式にとらわれない呪術的実践家としての顔も持っている。私は21世紀のこの国の民俗宗教の現場にいて、古いものも新しいものも区別することなく、あくまでもフリーな活動を続けているのである。<br />
<br />
前作「呪いの研究ー拡張する意識と霊性」（トランスビュー）もいまだに版を重ねて売れ続けているが、『21世紀の祓い』はその姉妹編であると同時に、「呪い」を越える内容をめざした本である。自分が体験的に理解してきた霊的実践という「いかがわしさの極致」がどのようなものか、その圧倒的なリアリティを言語的な制約を受けながらも、なるべく的確に表現しようと試みた。<br />
<br />
それは、スピという言葉が持つ軽やかで、光に満ちた世界のイメージとは別種のおどろおどろしさも含んでいる。私の知り得た日本的霊性とは、激しく、ダークな闇の側面と神々しい輝きを発する光の側面の混在する世界なのである。<br />
<br />
神聖なるものとつながることは、「正と負の二面性を持った力」を自覚することであり、それを己の内面にも外側にも感得することである。正と負という分類さえも意味をなさない両者を含みつつも「それを超えて自己の内外にある」ものとつながることである。<br />
<br />
このように、私の追求するスピは、あくまでも日本的な風土に根ざしたスピ＝＜たましひ＞の「物語」であり、日本に暮らす人々が意識の外に置き去りにしてきたスピリチュアルな感性にまつわるものである。しかし、ただの「お話」で終わらせていない。それは内容を読んでいただけたら、次第に分かってくると思う。<br />]]></description>
 <category>出版企画</category>
<comments>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=224</comments>
 <pubDate>Thu, 29 Mar 2007 11:07:32 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[スピの現代日本的な意味]]></title>
 <link>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=223</link>
<description><![CDATA[『スピリチュアリティの心理学』から「日本のスピリチュアリティ言説の状況」に関する堀江宗正氏の論文を下敷きにして、「スピリチュアリティ」という言葉の現代日本的な意味について考えてみたい。<br />
<br />
心理療法、代替医療（CAM）、スピリチュアル・ケア及び宗教的実践に携わる人々の間で使われているスピリチュアリティという言葉には、おおよそ以下のような意味合いが込められている。<br />
<br />
?気づかれていなかったことへの気づきとそれによる成長や成熟のプロセスに関わるもの<br />
?個別の宗教的崇拝対象にこだわらず、見えないつながりを心身の全体で感じ取ることに価値をおく<br />
?宗教の核心部分にあたるが、組織宗教では形骸化したり、表現が抑制されたりする（と考えられているもの）<br />
?「神」や「聖なるもの」などの概念と異なり、個々人の内的生活や世俗生活の中でも発見され、探求される。<br />
<br />
私の専攻するトランスパーソナル学の立場から見ても、上記のような要素を含むものとしてスピリチュアリティと呼ぶことには異論はない。<br />
<br />
堀江氏の論文では、宗教とスピリチュアリティとの境界線は流動的であり、社会ー文化的背景の違いによって、そのどちらが本質的なものなのかについての線引きは曖昧になると述べている。<br />
<br />
我が国の場合、「無宗教の宗教性」が社会的には優勢な宗教意識になっており、特定の宗教や信仰を持たないにしても、現世利益的な宗教行動（初詣、お盆の墓参、お札やお守りなどの宗教グッズなどに代表されるように）は今もなお盛んだし、「心霊的なもの」に関する表面的、皮相的な信念は大衆文化の中に根づいていると言ってもよいだろう。<br />
<br />
いわゆる普通の日本人の感覚からすれば、「宗教」というと怖い、胡散臭い、マインド・コントロールされるといった懸念が生じて、警戒感が強まるわけだが、スピリチュアルと言われると、それが最近では色んな意味で日常的に使われるようになってきているため、果たしてそれが安心なのか怖いものなのか、胡散臭いものなのか信用するに足りるものなのか、判然としない印象があるのではないか。<br />
<br />
堀江氏によればスピリチュアリティ言説は米国の心理学的思想の輸入によって始まったと言うことだが、それが我が国において受容されるにつれて実質的には伝統への回帰と日常生活の保守的な肯定という意味合いに変化していったという。それがリンクする重要なキーワードでもある「癒し」は本来の自然治癒力の活性化という意味合いから、現世利益を促すキャッチフレーズとなって消費文化を構成するようになっている。また、スピリチュアリティは知識人の中では「霊の排除」という意味合いを込められて使われはじめたものだが、世俗的なレベルではむしろ「霊」への関心がまったく失われておらず、霊信仰との決別を果たすことはできなかったという。<br />
<br />
逆に、オウム真理教にまつわる一連の事件以降、マスメディアではスピリチュアルという言葉に「心霊的なもの」という意味づけがなされ、従来型の霊能者とはまた異なったスタイルを取る「スピリチュアル・カウンセラー」という業種が注目されるようになり、スピリチュアル＝霊的という意味合いはいっそう強化されたと見るべきであろう。<br />
<br />
江原氏を代表格とするスピリチュアル・カウンセラーについては、異論・反論も多々あるし、私も彼の主張を全受容しているわけでもないが、心霊主義（spiritualism）という文脈が日本においても江戸時代からの民俗宗教の主要な部分を占めているわけであり、大衆が素朴に信じている「霊」を闇雲に否定し、それに対する関心に正面から向き合い、真摯な態度で応えていく役割を果たすものがいなければ、誰も知識人の言うところのスピなどには見向きもしないだろうというのが、「闇の世界」の現場を踏まえた私の見解である。事実、私には職業柄、スピリチュアル・カウンセラーとの人脈ももっているが、世間一般のスピ＝心霊（神霊）的なものに関する信仰とそれにまつわる現世利益的なニーズは絶大なものがあると聞いている。それは加持・祈祷の世界でも同じ傾向を示している。<br />
<br />
それゆえ、心霊主義的なものをスピから外して語ることは、私にとっては不可能な業なのだ。<br />
<br />
我が国においては、縄文・弥生の昔から素朴な精霊信仰は継承されているし、奈良・平安の時代からの怨霊、悪霊、生霊、動物霊などの信仰も今なお健在である。それは私が加持・祈祷の文脈にはいるようになってから、肌で実感している部分でもある。<br />
<br />
つまり、スピリチュアルというときに、それを霊信仰と切り離して論じることはもはや不可能である。それを抜きにスピリチュアルな癒しやケアを論じることは、知識人や文化人と呼ばれる人々、そして伝統的な教義、教理を頑なに守ろうとする宗教者にとっては歓迎されるべきことであっても、大衆にとっては「どうでもいい事柄」なのである。「正しいスピのあり方講座」など開講する必要などない。眠気がくるだけの啓蒙主義的発想など、誰も付いてこないであろう。いかがわしいものを排除しようとする一面的な態度、人々の関心にまともに応えようともしない人間の講釈は不要である。確かにスピ界は玉石混淆の状態にあると私も考えるが、特定の価値基準に照らし合わせてみて、「これは正統」、「これは異端」と判定する基準はいったいどこに見出すことができるのであろうか?そして異端の烙印を押されたものは、火あぶりにでもしなければいけないほど「忌まわしきもの」なのであろうか?<br />
<br />
スピには闇の部分と光の部分の両面がある。闇を知らずして汝、光を語るなかれ。<br />
<br />
話をまとめておこう。スピリチュアリティの霊信仰との密接な関係、新しい民俗信仰としてのスピをどこまでも無視し続けて、ケアや癒しを論じていこうとするならば、それは先の見えた袋小路でしかない。大衆文化に関する理解と時代の潮流を読み解く力がない知識人や文化人、宗教者は、その意味において、逆に啓蒙の対象になるべきである。スピを論じるにあたって、西洋近代を絶対的な価値基準と見なす根拠など、どこにもない。その枠の外に外されてしまったものを見直すことが、スピに関する動きには本来ある。それさえも否定してしまおうとするスピなど、もはやスピとは呼べない代物である。<br />]]></description>
 <category>霊性</category>
<comments>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=223</comments>
 <pubDate>Mon, 19 Mar 2007 10:50:36 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[スピリチュアリティの心理学]]></title>
 <link>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=222</link>
<description><![CDATA[この本が、ようやく刊行された。市場には下旬に出回る予定である。<br />
<br />
スピリチュアリティ＝霊性に真正面から取り組んだ心理学系の論文集であり、私もその一章を担当している。私の感覚では、このような内容こそがスピ＝霊性＝宗教意識のもっともコアな部分を扱っているものだと思うのだが・・・<br />
<br />
JATP・安藤治・湯浅泰雄（共編）となっており、定価は￥２９４０（税込み）と少々値がはる。<br />
<br />
総勢350名ほどの小さな学会ではあるが、小さいは小さいなりに小回りもきいて、引き締まっているということもできる。<br />
<br />
<br />]]></description>
 <category>出版企画</category>
<comments>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=222</comments>
 <pubDate>Sun, 18 Mar 2007 20:55:55 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[スピケア学会設立準備会議]]></title>
 <link>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=221</link>
<description><![CDATA[週末、大阪に行っていた。スピケア学会の設立準備会議参加のためにである。結論から先に言えば、私がここにいてもいいのだろうか、何か場違いだなと思った。<br />
<br />
当日決まったことは以下の通り。<br />
<br />
１．名称：日本（にっぽん）スピリチュアルケア学会（Japan Society for Spiritual Care)<br />
<br />
２．会の目的：本会は「すべての人がスピリチュアルな存在」であるとの認識に立ち、「スピリチュアリティ」とは何かを学術的・学際的に研究し、社会のあらゆる場面で、スピリチュアルケアを含む全人格的ケアが実践されるように啓発することを目的とする。<br />
<br />
・スピリチュアルケアに関する専門職の養成も含めるという意見もあり<br />
<br />
３．事務局：高野山大学<br />
<br />
４．役員選出<br />
<br />
会長には日野原重明氏が推挙された。監事には、柏木哲夫氏。その他、理事とか評議員とかがあるようだ。（ちゅうか、その区別さえも私には付かないが）<br />
<br />
５．学術大会<br />
<br />
2007年9月を予定。（これもいったいどうなるのか分からない）<br />
<br />
私は基本的にネットワーク志向であり、それぞれがコアになってWEBのように意識のリンクをつないでいくような緩やかなつながりを好む。そして、何となく＆お気楽にスピを追求していけたらいいと思っている。<br />
<br />
もちろん、役割上、私はスピ研究＝実践（現場主義を貫くことがこのテーマに取り組む者には肝要である）を次世代に継承していく使命を自覚しているが、それを権威主義的な組織でブルド−ザーのように推進していこうとは思わない。彼らと同じ目線で一緒に考えながら歩んでいきたい。<br />
<br />
そういうスタンスなので、あまりガチガチの組織は肌には合わない。戦略的思考やパワーゲームもまっぴらごめんだし、あまり露骨な思惑の交錯する場にはいたくはない。生臭いしがらみを作るのはイヤだからだ。私は単に、社会的な現実を踏まえながら、今の世の中に吹き出している霊性に関する問題に取り組んでいきたいだけである。それ以外の動機はないし、欲もない。<br />
<br />
私が場違いだと感じたのは、そこにいた人々の多くの感覚と、私のそれとがあまりにもずれているのではないか、という馴染みにくさから来ている。学祭性を追求するならば、すくなくとも多元的な価値基準を認めて、硬直した権威構造の迷妄に陥らないようにすることが前提であろう。スピリチュアリティ（霊性）をキーワードにしようとする学会ならば、それはしなやかさを前面に打ち出し、深層意識のレベルで他者や生きとし生けるものと交流のできる人々が集まり、多様な世界観を認めることのできる人々の集まりである必要があろう。<br />
<br />
もっとも、私はこの学会の枠組みを最初から逸脱している「いかがわしき人物」の最たる者であろうから、闇の世界の住人として遠吠えくらいは試みたいと思っている。<br />]]></description>
 <category>学会のお知らせ</category>
<comments>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=221</comments>
 <pubDate>Sun, 18 Mar 2007 20:48:20 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[『21世紀の祓い』の刊行日程]]></title>
 <link>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=220</link>
<description><![CDATA[3月25日に発売予定である。印刷会社に入稿は終わり、まず2週間ほどで見本ができてくる。その後、本印刷に入り、3月19日頃には全国書店に並ぶであろう。<br />
<br />
192ページで値段は1800円だ。<br />]]></description>
 <category>出版企画</category>
<comments>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=220</comments>
 <pubDate>Tue, 27 Feb 2007 10:43:58 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[日本スピリチュアルケア学会・研究会の立ち上げ]]></title>
 <link>http://my.spinavi.net/numinous/?itemid=219</link>
<description><![CDATA[これまで宗教系の大学や病院で独立して実践されてきたスピリチュアルケア（＝以後スピケアと呼ぶよ）であるが、飛騨の千光寺住職で高野山大学スピリチュアルケア学科の大下大圓さんらが呼びかけ人となって、学際的に日本のスピケアを考えるネットワークを構築することになった。<br />
<br />
日本死の臨床研究会や日本ホスピス在宅ケア研究会などが基盤になっているネットワークである。私も大下さんからお声かけをいただいて、その発起人の一人に名前を連ねさせていただくことになった。発起人にはスピケア関連領域で活躍するそうそうたるメンバーが名を連ねている。<br />
<br />
医療、教育、福祉、宗教の領域横断的な連携が、このテーマには必要不可欠であるし、現場主義、実践的理解という方向性の強いネットワークであるように感じたため、これにコミットしたいと思ったのである。<br />
<br />
3月に大阪で設立に向けた準備会議が開催され、そこに参加して人的交流を深めたいと思っている。時代は確実に動いていると思う。<br />]]></description>
 <category>学会のお知らせ</category>
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 <pubDate>Sat, 24 Feb 2007 11:56:26 +0900</pubDate>
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