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オーバードライブ 別館

2008-04-11

魔法にかけられて

映画「魔法にかけられて」を見てきた。
おとぎの国の登場人物たちが実世界にやってくるという話で、そのような設定じたいは他にもありそうだが、私が注目していたのは、映像でどう見せるのかということ。
アニメーション技術もCG技術も高度になった中で、このような設定をどう表現するのかという点がとても楽しみだった。
それで、これがうまいことというか何というか、アニメーションの中のキャラクターと、それが実世界に登場した時の人物が、非常によく似ていた。
もともと俳優に合わせてイラストを描いたのか、イラストに似ている俳優を配役したのか知らないが、これだけ似ていると面白い。
それから話じたいも、最後にちょっと意表をつかれる結末があり、楽しめた。一見の価値はある。

2008-03-11

命の終わり

先日祖母が亡くなった。
満100才の日を1ヵ月後にひかえて、眠るように亡くなったそうだ。
少し前に、もう何も口にしなくなってきて点滴をしていると聞いていた時から覚悟はしていた。それでも数ヶ月は先だと思っていたから、突然ではあった。

私が生まれてから両親以外に一番最初に駆けつけてくれたのが祖母であった。よく東京にも遊びに来てくれたので、いろいろな話をした。年をとってからも大変頭のはっきりしたばあさんで、話をしていてとても面白かった。
長野のおじさんの所に行くとやはりばあやんはそこにいて、東京に遊びに来ている時とはまた違う表情を見せていた。何しろ70年以上住んでいる家で、文字通り家の主といった佇まいだった。
長野に行くと、私は2階の部屋に寝泊りする。早朝になると、ばあやんが1階から階段を上がってきて、隣の仏壇のある部屋にやってくる。
ばあやんのお経を唱える声で目が覚める。そこで長々とお経を詠んだあと、先に亡くなったじいやんや神様仏様にお願いごとをする。子どもや孫の名前を一人一人よんで、無事と幸せをお願いしているのだ。
ばあやんは、365日毎日、こうやってお祈りをしていた。私は東京で日々の暮らしを送るなかで、この空の下で毎日自分のことを祈ってくれている人がいるのだと思うだけで、どれだけ心強かったことか。

そんなばあやんも、ここ数年は寝たきりのような状態になってしまい、私が会いに行っても、私だとわかっているのかどうかさえはっきりしないほどだった。生きるということの意味について考えさせてくれた。

お葬式には中国の奥地からどうしても間に合うように帰ってこられなかった孫1人を除いて、親戚が全員集まった。子も孫もそれぞれの思いを抱いて、式に臨んでいるようだった。義理の子であるうちの親父が号泣していたのには、意外な感もあった。
私は思いがあふれて涙があふれて止まらなくなるということはなかった。ただ静かにばあやんのことを思った。
今この文章を書いていて、涙が溢れてくる。私が祖父母と呼べる人は、もうこの世からはいなくなった。
ばあやん、安らかに。今までありがとう。

2008-02-08

負けないで

昨年ZARDの坂井泉水氏が亡くなったが、それを機にZARDの曲が再評価され、あちこちで流れている。
あらためて聞く機会が多いのだが、そこで思うのが、ZARDの曲はいいものが多かったということ。
特に「揺れる想い」と「負けないで」は名曲だと思う。
「負けないで」はちょうど私が高校位の時で、浪人生活をしていた時はよく聞いていたものだった。浪人生活は大した成果が上がらなかったが、そうしたことも含めて、この曲を聞くといろいろと思い出す。
また、大学に入って音楽サークルに入り、最初に組んだバンドのボーカルがZARDが好きで、よくその話をしていたことも思い出す。
一時ビーイング系などと呼ばれ、食傷気味の時期もたしかにあったが、今あらためて聞き直すと、輝きをもったグループであったと思う。
本人は亡くなっても、歌は残る。そういうことだと思う。

2008-02-04

節分

昨日は節分ということで豆まきなどをやった。
実家にいた時はめざしを食べたり、とろろと麦飯などを食べたりしていたのだが、いろいろと場所によって風習も違うようだ。近頃は恵方巻きを食べるのがはやっているようだ。
今年は浅草寺で買ってきた福豆を使ってみたのだが、相方の豆まきは割りと本格的。
「鬼は外」では外にまくのだが、「福は内」では家の中にまく。しかもその後でその豆をひろって食べる。
実家では、「福は内」でも外にまいていたので、違いをかんじた。しかも歳の数の豆を手にとって、体の悪い部分をなでるなどと言っている。
いろいろな風習があるものだとかんじた。

2008-01-22

スケート

寒さが厳しい今日この頃だが、どうせ寒いならということでスケートに行ってみた。
スケートは相方の得意種目らしく、昔から行きたいと誘われていたのだが、私はスキーヤーであるし、何よりスケートはやったことが無かった。
ということで、このたび初めてスケートをやってみたのだが、思ったよりはできたのではないかと思う。休日だったので人がたくさんいたが、みな人の合間をぬってうまいこと滑っている。初心者は初心者できちんとすみ分けをして、それなりに秩序が成立している。
私は最初は滑るというよりは、転ばずに歩いているというかんじだったが、後半には何となく感覚がつかめるようになってきた。
とはいえ、かなり足に疲労がくる。ふらふらになってくると制御がきかなくなって転倒。結局、リンクを半周すると体力の限界がくるようなペースだった。
4回ほど転んで、お尻と手のひらを打ったのだが、特に手のひらの方が、翌日には結構腫れた。
柔道の受身をしっかり習っていたおかげで、受身には自信があるのだが、受身以前に、手のひらがもう弱っていたようだ。
何にしろ、スケートの感覚は多少つかめたようにも思うので、またそれほど遠くない日に行ってみたいと思った。

2008-01-21

教会でのコンサート

昨年末の話だが、新大久保の日本福音ルーテル東京教会でバロック音楽のコンサートが開催されるという話をamedeeさんから伺い、プログラムがとてもよかったので、行ってみた。
まず、教会でコンサートを聞くというのが初めての経験だったので、どんなものなのかと思っていたら、会場はとてもよい雰囲気。椅子の座り心地はあまりよくないような気もしたが、まあ教会なので、こんなものだろう。
プログラムはバッハのブランデンブルク協奏曲第5番や、パッヘルベルのカノンなど。
パッヘルベルのカノンはいわずと知れた名曲だが、私はブランデンブルク協奏曲第5番がとても好き。チェンバロのソロも素晴らしいが、バイオリン、フルート、チェンバロのかけあいが絶妙。それらが生で聞けるというので、とても楽しみだった。
いざ始まると、サントリーホールなどの音楽専門のホールにくらべると多少音は劣るものの、その分雰囲気はばっちり。昔のバロック音楽も、このように教会で演奏されていたこともあったのだろうなあと思いながら曲を聞く。
そして最後の曲はブランデンブルク協奏曲。チェンバロ奏者の方も軽やかに弾きあげ、素晴らしい熱演が終わった。
曲目といい雰囲気といい、満足した一日だった。




2008-01-17

久寿餅

私は昔からくず餅が好きなのだが、川崎大師の参道にはくず餅を売っているお店がたくさんあった。久寿餅と表記してある店が多かった。
くず餅は、葛が使われているのではなく、小麦粉が使ってあるのだそうだ。今まで考えたこともなかったが、確かに言われてみれば、あの食感は葛のわけはない。
ではなぜそんな名前になったのかはよくわからないが、とにかく昔から、このもちっとした食感と、酸味のある後味。それらと、きな粉、黒蜜とのハーモニーが、私は好きである。
川崎大師の参道沿いに数あるくず餅屋の中で、今回チョイスしたのは「恵の本」。明らかにできたてのくず餅を買って、楽しみに家に帰る。
家で食べてみると、これが今まで食べたくず餅の中で一番といってよい位のおいしさ。酸味がくどくなく、食感といい味わいといい、絶妙のでき。非常に満足した。

2008-01-16

雷神堂

川崎大師に行った時に焼きたての煎餅を売っている雷神堂というお店があって、そこのお煎餅を買ってきて食べたら、非常においしかった。
この店のお煎餅で特においしいのが、ぬれかり餅という商品。なかなか的確に説明するのが難しいのだが、ぬれせんべいを堅くしたかんじとでも言おうか。とにかく深みのある味わいで、おいしい。
川崎大師まで行かないと買えないのかと思っていたら、巣鴨や中目黒にもあることが判明。これはぜひまた買いに行ってこないと。

2008-01-11

川崎大師

今年は相方が後厄だということもあり、川崎大師にお参りに行ってきた。
私は小さい頃には毎年川崎大師に初詣に行っていたので、何度も行っているお寺なのだが、中学になった位からは行かなくなったので、かなり久しぶり。
大師線に乗って、駅を降りると、もう7日も過ぎているというのに、結構こんでいる。相変わらずとんとこ飴を切る音がにぎやかな中で、甘酒を飲んだりしながら、ゆっくりと参道を歩く。昔は三が日に行っていたので、大層並んだものだったが、さすがにこの時期なので、そこまでは並ばない。
境内に入って、お参りをしたり、護摩の様子をみたり、お守りを買ったりした後に、境内の中を少し見てまわる。遍路大師像と、四国八十八ヶ所のお砂踏みのところに結構人が並んで、お参りをしていた。昔はこんな所があったことには全く気がつかなかった。
帰りの途中に、とんとこ飴やせき止め飴を買ったり、くず餅を買ったりした。
今年一年、災厄は無く、よいことがたくさんある年であってほしい。

2008-01-09

モーツァルトプログラム

読売交響楽団の名曲シリーズで、モーツァルトプログラムがあったのでサントリーホールに聞きにいってきた。
交響曲を2つと、ピアノ協奏曲を1つ。交響曲の1つは名曲として知られる、交響曲第41番「ジュピター」。この曲は、昔実家にレコードがあって、この曲とハイドンの交響曲第101番「時計」が一緒に収録されていて、両曲とも何回も聞きこんだ。思い出深い曲である。
正月の「のだめカンタービレ」スペシャルで、最後にのだめがピアノリサイタルでモーツァルトのピアノソナタを弾いていたので、ピアノソナタを聞きたいなとおもっていたのだが、それはプログラムには無かった。かわりといっては何だが、ピアノ協奏曲第22番があったので、それを、のだめと千秋先輩が一緒にやっているのを想像しながら聞いていた。
それにしてもモーツァルトはどの曲もいい。これだけたくさんの曲を作っておきながら、ほとんどハズレもなく、一定の水準を保っているのが素晴らしいと思う。
また、「ジュピター」は久しぶりに聞いたが、相変わらずいい曲で感動した。CDでもそろえておこうかと思った。