いちごのつぶつぶ spinavi編

2006-05-18

仏縁を結ぶ

かなり久しぶりになっちゃった。
なので、ちょっと近況。

最近は、カラダ改造計画実行中。
特にダンスにハマっていて、
ジャズダンスとエアロビクスを週1回ずつ、
家ではほぼ毎日(目標)やるピラティスが日課。

身体が喜ぶものを食べるのも基本。

身体に注意を向けるようになると、
不思議に心と身体の関係が見えてくる。
身体の不調は、心の悲しみのサインなんだと思う。
どちらもとっても愛おしい。

あと、今月のトピックス。

 「いちご、仏縁を結ぶ」







2006-03-20

手のひらエステ

ずっと風邪をひいていたのでお肌の調子がいまひとつ。
体調を崩すと、とたんにお肌が乾燥し、ひどくなると皮がむける。
おー、チャンスだ。一気に生まれ変わってしまおう。

意外に思われるんだけど、いちごはエステが好きじゃない。
人の手に委ねると、そわそわしてしまって、ちっとも癒されない。
(たかの友梨とか松下美智子ご本人さまだったら断然お願いしたいんだけど)
だからほとんど行かない。エステ。

自分の手の平が、実は一番のエステシャンだったりする。
誰でもそう。
手はエネルギーの素だから。
美容のために使わないテはない。

あーまた、自分deエステしよ。

                   →  「手のひらエステ実践編」に続く

2006-03-02

素晴らしい静寂の中で



見えないつながりを感じながら、

見えないつながりにただ感謝する瞬間。

「縁」というものは、見えない絆を紡ぐ神の計らい。

ただそれを感じて、感謝するしかないけれど。

素晴らしい静寂の景色の中で、

ただ今在る自分を見つめ、

ただ在ることの素晴らしさを想う。

2006-02-23

愛と選択

不幸があっても、いやなことがあっても、そこから何かを学んで、
感謝して、愛があれば、その出来事はもう十分報われている。
愛が悲しみを浄化してくれる。
どんなことでもそう。
悲しみや恨みつらみや恐れや不安はみんな愛に変換すべし。
悲しいことをずーっと引きずって、悲しい想いをし続けるのも自分の選択だし、
感謝と愛で何かを感じ取って、すばやく歩き続けるのもまた自分の選択。
ぜーんぶ自分で選び取っていること。
そうね、以前は悲しんでいる自分に浸っているんかい?って思うほど、
しばらく重く引きずって生きてたこともあるけど、
全てを愛に変換することを少しずつ覚えてきたから。
「ありがとう」って感謝の言葉が出れば、もう大丈夫。
この変換の作業も、どんどんどんどん早くできるようになった。
何だか「法則」はとってもシンプルで、
感じたことが今の自分を作っている。今のあたしを。

いちごも最近、身内に不幸があって、悲しかったりもしたけど、
それよりもおばあちゃんへの感謝の方が大きかった。
今までのことや、死に直面したことで教えてもらったたくさんのことに対して、
もう感謝するしかなかった。
そうなるともう、愛を感じるしかないわけで。
感謝することに気付かなければ、素通りして悲しむしかなかったんだろうけど、
確実に愛が悲しみを上回っていたから、悲しみなんて一瞬だった。本当に。
落ち込みも疲れも全くないです。ハイ。
しかも、心配してブログにコメントしたり、メールくれた人たちもいたりして、(ありがとー!)
どこにもここにもそこにもあそこにも溢れている暖かさを感じられたから。

愛を感じることを選択した結果は、幸せしかないな。まったく。

かっ飛ばしたい、今

時々無性に、心臓から手が伸びてきそうなほど、
何かに突き動かされるような感じを覚えることがある。
時々じゃないか、5年とか10年のペースで。
何かが新しく生まれるような、変な感じ。
今までの場合はだいたい、自分の誕生日前の数ヶ月に感じることが多かったかな。
しかも節目の。20歳25歳30歳35歳もあった。

必ずその後、今までとは違う仕事や違う何かがあった。
何かが切り替わる時期。何かが始まる時期。
誕生日はまだ先だし、40歳にはあと数年あるんだけどな。

少し早いけど今、かっ飛ばしたい気分なんだ。

いちごのつぶつぶ修行編

バンドと調和、そして創造

いちごは中学の頃、吹奏楽をやっていた。
大人になって今度は、バンドを始めた。
12人もいる大所帯。
ボーカル、ギター、ベース、キーボード(いちご)、サックス3本、トランペット、トロンボーン、
そしてドラムとパーカッション。

音になる。
自分が音、そのものになったとき、
はじめて周りとの調和が生まれる。
音が、周りと調和したとき、何ともいえない快感に襲われる。
ちょー、きもちいい。

音の瞑想。
聞くだけではなく、自分が演る。
演った音に自分がなる。
音が周りと調和する。
自分と自分以外の全てのものとの調和。
至福の瞬間が訪れる。
ちょー、きもちいい。

ライブでの緊張。
客席との一体感。
演る側と観る側の調和。
ものすごいエネルギーの交感。
ちょー、きもちいい。


この状態を体で覚えていようと思う。
調和がもたらす至福の感覚を。


この感覚がまた、いちごの現実を創造する。

2006-02-22

何よ、文句ある?



この子。すごく好き。
何だか憎めない。
「あんた何よ」って顔して睨んでいるけど、
すごくかわいい。
分からないことに苛立ったり、人を羨んだり、信じられなくて叫んだり、
いちごもかつて、こんな風に「何よ、文句ある?」って顔してたかもなって思う。
いえ、「あなたはとってもステキよ」

この子、カメラを見つめながら、「何だろう、これ?」って思ってるのかな。
この子達は、自分が貧しいということに何の疑問も持たないんだそうだ。
飛行機のチケットが、日本円の80倍にもなるから、
一生外国には行けないんだと、現地の人が言っていた。
10万円のチケットだったら、800万円。
でも決して誰かと比べたりしないで、自然にそれを受け入れている。
スゴイ。
ありのままなんだ。

「あるがまま」に、抵抗するから苦しくなる。
今のままで、大丈夫だよ。ぜんぜん。

今、生きてること

生きてる価値って、何をしたかではなくて、何を感じたかだと思う。
何をしていて楽しいと感じるか、気持ちがいいと感じるか、
感じることが先。行動はその後からついてくる。

だから、生きているのは何のためだとか、生きる目的は何かとか言う前に、
とにかく今、生きていることがすごいことだということを思い出そう。
理由なんて考える前に、まず生きていることに感謝しよう。

「経験」が何よりの教えだということも分かった。
自分の体験が、真理を思い出すためだけに起きているということも分かった。

だから。

まずは、今の自分に感謝しよう。
生きていることが、今が、それだけで素晴らしいことだということを思い出そう。
絶対に。

2006-02-21

チャクラのデトックス

「デトックス」は流行りモノなので、詳しい説明は他でするとして。
いちご的デトックスのひとつはというと。

お風呂にゲルマニウムを入れ、とにかくお気に入りをつめこんだ音楽を、
防水CDプレイヤーでランダムに流しながら、入浴デトックスを実行。
忘れなければ、水分持ち込み。
最近は1時間くらいは余裕でお風呂に入っているかも。

そして、音楽を聴きながら、自分も思いっきり歌っている。
近所には多分、丸聞こえだと思う。家族にも不評。
でも、歌っている間は思考がストップするので、いい瞑想になる。

最近いちごが開発(?)したのは、チャクラのデトックス。
ある日の入浴中、自分の歌声がチャクラに響いていることに気付き、
どうしたら効果的に実践できるのかをいろいろ試してみた。

実は浴室は、声がよく響くので、チャクラの確認にはちょうどいい。
自分の歌声をチャクラに響かせて、どのチャクラが開いているか、滞っているかをチェックする。
低音は、仙骨のあたりの第1チャクラから。
だんだん上に向かうにしたがって高くなり、一番高音の頭頂部まで。
それぞれのチャクラの音階を体で覚える。
といっても、体は知っているから、すぐに分かる。
ハートが開かれていないと、胸の辺りの音が汚い感じがするし、
グラウンディングしていないと、低音が響かない。
頭頂から高音が気持ちよく抜ければ、上(宇宙とか光とか表現は難しいけれど)と繋がっている状態。
とこんな感じ。

声を出してみると、チャクラが開いている場所ではよく響き、
逆に滞っているときれいに音が抜けないのがよく分かる。
だから、大声で歌うことによって、声を響かせ、チャクラに光を通す。

いちごがよく使う曲は、久保田早紀の「異邦人」 (古っ!)
この歌が一番やりやすい。これもランダムにかけたCDのおかげで発見した。
多分、音の高低のバランスが、チャクラの音階とよく合っていて、
どのチャクラにもまんべんなく音が届くのだと思う。

「こどもたちがそらにむかい♪」
歌い始めの「こ」の音は、ハートか喉のチャクラあたりから。
歌いながら、音階に合ったチャクラに声を響かせる。
一曲歌い終わる頃には、全てのチャクラが1本にすーっと通って、本当にすっきりする。
これで感情も整えられるし。

完全に自己流だけど、楽しめるのでお気に入り。

参考までに。
歌は自分に合っていれば何でもよくて、
般若心経でも賛美歌でも祝詞でも声明でも何でもアリ。
シャハーダ(ラー・イラーハ・イッラッ・ラーフ)でも
アメージンググレイスでも。
バリバリのロックンロールでも演歌でも何でも・・・

→ 「魂のデトックス」へ続く

2006-02-19

魂のアンチエイジング2

以前もこのブログに書いた「魂のアンチエイジング」の続き。
おばあちゃんとの最後のお別れの時、おばちゃんたちが集まって口々に言った。
「しみもしわも全然ない。何てキレイな肌なんだろう。肌の色も透き通るように白いね」

でしょう。感じたのはいちごだけじゃなかったんだ。

「毎日、畑仕事してるから、ウチの近所の人はシミとシワだらけだよ。
この村の紫外線は弱いのかねぇ。」
あはは・・・いえ、そうではなくて・・・
これは多分、魂の状態が、外的影響を上回った結果であるといちごには思われ・・・

「おばあちゃんはいつもニコニコ笑っていたでしょう。どんなときも穏やかだったでしょう。
そんな心の状態が、この肌をこんなにキレイにしたんだと私は思うよ」といちごは言った。
そして、おばあちゃんの頬にそっと触れ「おばあちゃん、ありがとうね」ととびきり美しい花をそこに添えた。
最後まで、いろんなことに気付かせてくれて。ありがとう。という想いをこめて。

知りたい・・・
美しさの本質について
魂の美しさが、どれだけ人の外的な美しさに関わっているのかについて。

年齢を重ねること
老いてゆくこと
美しく生きるということについて
美しさを表現することについて。

みんなの前で、思わず自分が口にしたこと。
でも、間違っているとは思わないから。

その秘密がわかるまで・・・
追求してみたいと思う。