電車に乗っていた。電車は混んでいた。大きな荷物を持っていたので、自分が通路をふさいでしまうような状態であった。だから、人が通るときには、荷物を移動させて通りやすいように道をあけていた。
二人の人が自分の「あけた道」を通った。一人は、専門学校に通っている風(自分で勝手にそう感じただけだが)の若い男性。もう一人はスーツをパリっと着た30代くらいの男性。どちらも会釈をしてお礼をしてくれた。
30代くらいの方は会釈の仕方がとてもきれいであった。気持ちがいい。洗練された「型」の嫌味のない爽やかな会釈をしてくれた。

相手の感謝の気持ちが素直に伝わった。
それに比べて、専門学生風の男性の会釈は…。若いからしょうがないのだろうけど会釈の仕方がなってない!!

…というわけではない。その逆で、会釈の仕方はぎこちなかったのだけれども、30代くらいの方の会釈とは比べものにならないほど、こちらが幸せな気持ちにさせてもらえる会釈だった。身体の芯からじんと温まるような会釈をしてくださった。「会釈ひとつでこれほどまでに人を幸せな気持ちにすることができるのだろうか」と思うほどの会釈だった。感動した。
感謝の気持ちを相手の身体の芯から感じさせらる会釈。こんな会釈ができるのは、魂がものすごくきれいなのだろう。そうふと感じた。魂には見た目の若さは関係ない。
「スピリチュアル」に生き、自分を磨く。大切なことだと分かってはいるが、いざ日常の生活に追われると忘れてしまいがちである。たぶん彼は本当に魂の磨かれた人なのだろう。いいオーラ・気を出しているのだろう。「自分もきちんと魂を磨かないと!」そう思わせていただける「会釈」であった。いつか自分もそんな会釈ができるようになりたい。なろう。