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2006-01-18
かっこええ
2005-07-22
加藤淳(偏頭痛)のからくり。
↑からくりてれびに出てたこの人、実はなんとデザインセンター出身!!!!!!!!!!
【加藤淳】
【ニックネーム】
小学校・・・
やきそば
中学校・・・
幽体離脱
高校・・・
偏頭痛
【経歴】
1961年生まれ。
1984年 株式会社日本デザインセンター入社。
同社の内部専門機関、CIデザイン研究所のプロデューサーとしてトヨタ自動車など日本を代表する一流企業、自治体のCI、VI、ブランドデザイン開発を40社以上担当。98年、同社より独立し、加藤淳事務所を設立。企業、自治体のブランドデザインを中心に活躍中。
今日知っておののいた。こんな珍妙奇天烈な人がまさか、デザインセンターとはねぇ。びっくりだ。
CIデザイン研究所のプロデューサーだったんだとよ。実はすげー人なのだ。笑
そういや、この人と渋谷とかで3回くらい遭遇したなー。意外と高い遭遇率。渋谷で2回。東大の教室で1回。
やっぱそーかー。こうなりゃ否が応にもデザインセンターとの縁を感じにはいられないのだよ。(それは愛ではない。執着だ。byさんひょく)
それにしても高校時代のあだ名、
偏頭痛・・・て。
やきそば、
幽体離脱・・・、そして
偏頭痛。笑
「おい、コラ!そこの偏頭痛!」(やきそば、でも可。幽体離脱でも可。)
2005-07-19
やぶったティーシャーツ
その昔、遠い遠い国に、絵を描くことががとても好きな少年がいました。少年は朝起きてから疲れ果てて眠ってしまうまでずーっと絵を描いていました。少年は部屋中を自分の絵でうめてしまいました。壁もすべて、床も机もなにもかも少年の絵で埋め尽くされています。例えば、象の絵。例えば、イルカの絵。どれも七色でした。空、大地、海、自然。しかし、人間の絵はひとつもありませんでした。もう描くところは残っていません。でも少年は絵を描くことをやめませんでした。楽しくて楽しくて仕方がなかったのです。
おとうさんとおかあさんはそんな彼をみかねて病院へ連れてゆきました。おとうさんとおかあさんには少年が狂っているようにしか見えなかったのです。おとうさんとおかあさんは、少年を病院に入院させて帰ってしまいました。でも少年はどこも悪くありませんでした。少年は病室が嫌いでした。絵を描くことを禁止されていたからです。少年は病院をぬけだし、街を走って逃げました。
すると、道端に座り込んですすり泣いている女の子がいました。女の子はずっと下を向いています。「どうしたの?」少年は女の子に声をかけました。返事がありません。困った少年は、自分の着ていた真っ白なティーシャーツのはしっこをえいっとやぶり、そこにポケットに隠しておいたペンで絵を描いて女の子に渡しました。女の子は泣くのをやめ、恥ずかしそうに微笑みました。「ありがとう」女の子は心の中でそう言うと、後ろを向いて走ってどこかへ行ってしまいました。
やぶったティーシャーツには女の子の笑った顔が描いてありました。
それは、少年が初めて描いた人間の絵でした。
空には、虹がかかっていました。
2005-07-15
起立!礼!小躍り。
バイトの関係で、たまたま自分の誕生日とその翌日の新聞を見た。
理由もなくちょっと期待して、ドキがムネムネした。
・・・。
おいらの誕生を祝う記事があるわけでもない。
ましてや、世間を騒がす大きな記事もない。
なんの変哲もありゃしなかった。
ただの一日。
でもきっと我が家は、未曾有の大騒ぎであったに違いない。
こーんな動物みたいなガキがひょっこり小躍りしながら出てきたのだから。
「んちゃ!」
みんな、小躍り。
わいわいがやがや。
小躍り小躍り。
今日も一日が終わった。
おいらは明日までの課題に手をつけることが出来ないでいる。
大事件だ。
しかし、この「大事件」は明日の新聞のすみっこにもどこにも載ることはない。
きっとたぶん、おいらの華麗な小躍りも、アヤパンとか滝川なんとかに
「ステキな小躍りでしたね!私も小躍りを毎日の日課にしたいと思います」
なんて、とびっきりの営業スマイルで賞賛されることはない。
さて、そろそろ本気だして課題やらなきゃ。
その前に。
小躍り小躍り。
洗いたてのティーシャーツが揺れている。
小躍りするティーシャーツ。
2005-06-20
かっこわるいふられかた(仮)
あけっぱなしのカーテンからかすかにのぞく朝焼けが痛む。窓は少しだけあいている。二度寝、失敗だ。目覚めと共に風が記憶を運ぶ。寝る、という行為はいっさいがっさい忘れることと同じことだけど、また、いっさいがっさい思い出させるのも、寝る、という行為の代償だ。最悪な朝だ。
ついに、ふられてしまった。
朝焼けはボクを容赦なく痛め付け、まぶたの裏が妙に熱い。いつもなら二度寝の幻覚作用は心地よく、葉っぱの効用によく似ているはずなのに。
そう、ボクはふられてしまったのだ。
風が記憶を運ぶ。こういうときだけまともに機能する想像力をボクはいつもうらむ。過去の出来事が鮮明にボクを傷つけるのだ。空虚、という名がふさわしい。いつかこの日が来ることはわかっていた。だからこそ、終わりを迎える恐怖におびえるよりも、目の前の幸福に酔っていた。それは正しいはずだった。そして、恐怖から逃れるための術でもあった。
彼女からの連絡はいつもきまって手紙だった。日時や場所までご丁寧に指定する。彼女の手紙はワープロできれいにレイアウトされていた。ボクは彼女のかくばった字が嫌いではなかった。「か」の字が妙に右肩上がりなのも、どこかすねがちだけど、曲がったことが大嫌いな彼女の性格そのもののような気がしていて愛らしかった。だからなんでワープロなのかよくわからなかった。「いまどき手紙なんて」笑う奴は笑えばいい。
時々の電話は、突然だ。「話がある・・・」普通の会話なのにいつもあらたまった言い方だった。ボクはそのたびに、ドキっとした。彼女に電話は似合わない。留守電には、まだ声が残っている。
彼女からのまっしろな封筒は、いつも速達で届く。ところがその日は、「速達」の赤い文字がなかった。ただ、殺風景な白い封筒だった。なくして初めて気付くとはこういうことだ。ただ「速達」の文字がないだけなのに、ボクの鼓動は自然と早くなった。悪い予感がした。猫が、にゃあ、と鳴いた。
早く中を開けなくては。脅迫めいたものすら感じた僕は、なにか見てはいけないものを見るような、でも早く見たい、そんな勢いだけで封筒をこじ開けた。なかには一枚の便箋が入っていた。
「さよなら」いつもと同じワープロの文字だった。便箋の上のほうにいつもと同じ大きさで書いてある。たしかに、そう書いてある。ボクは泣いた。その時、ボクはワープロの意味に気付いてしまった。手書きで「さよなら」、なんて書けない。全ては、この瞬間のためにあったのだ。
問い詰めることはしなかった。終わることは分かっていたことだから。最後に会った日、ボクは彼女の目をまともに見れなかったことを覚えている。ボクもうすうすは気付いていた。
いまでは少し、後悔している。
またいつものように朝焼けがさしこむ。風がまた、窓のすきまを這っていた。寝ようか。いや、今日は起きよう。少しだけあいた窓からは、冷たいような暖かいような微妙な風が入り込んでくる。あ、ふられたんだっけ・・・。また、鮮明な映像としてボクの頭をよぎった。悲しい、そんな感情忘れかけていた。人間にとっての一番の恐怖は、目の前にあったものがするりと消えることだ。
生きていかなければならない。
人は、彼女を日本デザインセンターと呼ぶ。
本気で惚れた。
さよなら、デザインセンター。
ありがとう、デザインセンター。
・・・・・あばよ。
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【あとがき】
ほんのごく一部に事実を含んだフィクションです。ですので、「ボクとデザインセンターがねんごろの仲だなんて、不届きなことを言う奴だ!えーい。けしからん!」なんて言わないでくださいねー。笑
2005-04-21
取り残されるこの感じ
現在の心境
2005-04-06
がんがれ。超がんがれ。
この甲斐性なしっ!と叫んでみた。
でもやっぱり、甲斐性なしは甲斐性なしだった。
近頃の不幸ぶりはあまりに不憫でならないので、
ちょっとだけ励ましてみることにする。
甲斐性無しのキミは、ココをクリック。
案外簡単だ。自分で励ませばいいのか。ほーん。
おーし。
今日は、なんかやれる気がする。
わーいわーい。
・・・・合掌。
2005-02-09
ぺこ。おもしろCM付き。(休憩中)
だいぶ風邪も治ってきたが、まだせきがつらい。
ときおりの発作に右往左往。
せきと一緒に、おいらのおバカも飛んでいかないかなと思う。
だけどそれは叶わぬのだなーって気づくと結構へこみます。
ぺこ。ぺこ。ぺこ。ぺこ。ぺこ。ぺこ。(いつもより多め)
しゅーかつ、しゅーかつ、って言ってるわりにはなんも
進んでないじゃん疑惑にさいなまれ、意外とあせりぎみ。
おいらを雇ってくれる会社ってあんのかね?
はなはだ疑問。
まあ、そんなときは楽しいCMでも見ようかね。
デンマークのオークションのCMです。ごらんあれ。
・・・。よけいにへこむっっつーの。
おバカなので言ってることはわからんが、すっごいよくできたCMだと思う。
言ってることわかんなくても、言いたいことはわかるのだ。
ある種、自虐的なんだけど、おバカな人間の札束ごっこを風刺してる。そんな、オークションのCM。
確かにオークションの特徴は現してるけど、これを宣伝にしちゃうところがすごい。
宣伝になってないような気もするし。笑
でも、これを見た人はこの会社の名前は覚えるんだろうな。
あー、あの、火事のやつね、みたいに。
日本じゃ見ないよなー、こういうの。
そんな昼下がり。
2005-02-01
いたい
あたまいたい
おなかいたい
からだいたい
と思ったら
熱がでました・・・・
合宿行けるのか・・・
2005-01-31
正直しんどいあなたに
しんどいっす・・・
そんなあなたには、いつまでも話を聞いてくれて、愚痴さえも受け入れてくれる、
そんなソウルメイトが必要なのかもしれません。(辛酸なめこ)
あなたのソウルメイトはここにいます。
どんなことでもあなたの言うことを全て受け入れてくれることでしょう。
いっぱい命令してあげてください。ただし、英語で。
喜んで命令どおりに動いてくれます。
2005-01-28
早起きしたのに
今日はなんの日?
そうです、ミニにタコおくすり第三回公判の日です。
おいら、
このクソ忙しいのに傍聴しに行ってまいりました。
午前10時20分。地裁にはすでに人だかりが。
その数、110人。
人気案件のため、パソコン抽選。
おいらの整理番号は104番。
なんかいい、こういう緊張感。
どきどき。
あーーーーー!!!!
ない・・・・。
はずれた・・・・。
当たったのは30人。
うーん。もっと広いとこでやれっつーの。
おいら、どんより。
というわけで、傍聴できませんでした。とほほ。
2005-01-26
夏の日の1993アゲイン
まったくもって、この赤子の言うとおりである。
おいらは今日、そのことを公衆の面前で高らかに歌い上げた。
鬱気味ながら。
2005-01-23
スーパーカー解散。
スーパーカーが解散します。
またひとつ、青春がどっか遠くの方へ行ってしまいました。
スーパーカーとの出会いは97年。その当時、俺は高校受験だった。
あれから7年とちょっと。
と思ったらもう8年になる。
早いもので俺はこうして大学生になった。
そしていま就活中。
こうしてみると、
子供からオトナのはざまにずっとスーパーカーがいたんだ、って改めて気づく。
とにかく、想い出がいっぱい。
茨城から東京へみんなでライブに行った高校時代。
「ミキちゃんはかわいいか否か」論争。
スーパーカーを通して仲良くなった奴もいた。
みんな、スーパーカーが好きだった。
解散を聞いて
久しぶりにロッキンオンジャパンを購入した。
いろんなバンドや歌手が並んでいた。
わりとすんなり、スーパーカーのページを開くことができた。
そこには、だいぶオトナっぽくなったミキちゃんがいた。
8年という時間は、思ったより長いのかもしれない。
写真当時、俺もまだ10代。笑
2005-01-19
お正月は昭和歌謡。
2005年。
今年のお正月も実家で過ごした。
ばーちゃんと昭和歌謡鑑賞は
勝手に恒例行事である。
今年の収穫は、「上海帰りのリル」!
リル リル どこにいるのかリル♪
テレ東はホントに素晴らしい。
かゆいところに手が届く。
リル リル 一人さまようリル♪
メロディーは忘れました。
2004-12-23
新装開店。
新装開店いたしました。
新たな心持ちでどしどし書き綴ります。